鬼屋繁盛記 その１ 　 　「鬼屋」とは、「鬼瓦モータース」 と、「居酒屋 美どり」 の複合店舗、「鬼瓦商店」 の愛称である。 　かつて、数々の伝説を生み出し、ここ卦返市が、デイトナビーチ並みの「モータースポーツ馬鹿」 の町になる基礎を築き、今もなおその中心にあって、多くの若者、元若者、永遠の若者、等が集う場所である。 　今日も今日とて、「鬼屋」 の大ボス、「オニさん」 こと鬼瓦 登は、自慢のプラスチックハンマーを振るっていた。 　５０をとうに過ぎたとはいえ、彼の腕は丸太のようであり、肩から連なるその背中は巨大である。 　「壊れたキカイは、とりあえず叩いてみろ」 と、言わんばかりに、新型の、高性能で繊細なエンジンをごっつんごっつんやっている様は、事情を知らない人が見れば、確実に「壊している」 と思うだろうし、何人かは止めに入るに違いない。 　そして殴られるんだぞきっと。 　オニさんにしか解らない手順で、ひとしきり叩かれたヤマハは、機械ながら実に迷惑そうで、「誰か言葉の通じる奴はいねえのか」 と言っているようだ。 　無理もない、戦後すぐのラジオではないのだ。叩いて修れば世話は無い。 　 　しかしオニさんは、委細構わずバッテリーを繋ぎ、躊躇無くセルを回すのだった。 　最初、明らかにセルモーター以外のメカノイズがして、それが 「ガリッ」 というイヤな音を最後に止み、何事も無かったかのように、勢い良くセルが回り始めた。 　最初のうち、青白い生ガスを吹き出し、喘いでいたエンジンは、最後に注意深く、しかし強烈に加えられたヘッド周りへの一撃で、見事に息を吹き返した。 　まったく問題なく、ヤマハは生き返った。冗談のような修理である。 　 　オニさんいわく 　「こういうのを名人芸ってんだ、覚えとけ。学校じゃ教えてくんねぇぞ」 　そりゃ教えねえよな、って思うけれど、恐いから反論しないでおこう。